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環境問題、農業問題を植物の光合成で解決する

植物栄養学分野 助教

上妻 馨梨

植物の光合成を目で視る技術。

 日差しが強く暑い夏。寒い冬。移動することができない植物はさまざまな生理応答を調節しながら環境に適応しています。それらの挙動は目で視ることは困難ですが、ハイパースペクトルカメラ(分光カメラ)を用いて特定の波長を観察することでいろいろな現象を捉えることができます。特に私は植物の光合成応答を可視化する研究を行っています。図は光合成に異常のある変異体を観察した画像です。目視では野生型と比較して大きな変化は見られません。光のない夜間においても特に変化は見られません。しかし、光条件下で光合成が活性化された時、うまく調節できない変異体では高いストレス状態にあることがわかります。このような植物の内生の変化を破壊することなく生きたまま観測する技術の構築と、それを活用した光合成分子メカニズムの解明を行っています。

図.分光カメラで植物の光合成応答を可視化する。

 

 植物の光合成は太陽の光エネルギーをATP・NADPHの化学エネルギーに変換する電子伝達と、それらの化学エネルギーを用いてCO2を固定し糖を合成する炭素固定反応から構成されています。光合成研究の歴史は古く、イギリスのプリーストリが植物から酸素(当時は新規の気体という認識)が発生していることを発見し、オランダのインゲンハウスが植物が酸素を発生するには光が必要であることを発見したのは18世紀のことです。長い歴史の中で、多くの因子が発見され、その分子メカニズムも明らかになっているものの、まだまだ不明なことはたくさんあります。

 私達はお腹がすけばご飯を食べます。満腹であれば食べません。しかし、植物は動けませんので、必要以上の光エネルギーがある場合に「食べない(受け取らない)わけにはいかない」のです。過剰な光エネルギーにより過剰なATP、NADPHが合成されても、炭素固定反応で消費されない場合、反応全体のバランスが崩れてしまいます。そうなると、葉緑体内に過剰な還元力が蓄積し、活性酸素などの有害物質が発生する危険性が増します。ATP合成酵素は膜内のプロトンの濃度を制御することで光合成のバランスを保つ役割をしています。砂漠植物に始まった私の光合成研究は、その後、海外でポスドクをしていた時にも再び葉緑体ATP合成酵素をターゲットに研究を進める機会が訪れました。ここでは光合成を行わないはずの根においてATP合成酵素がプラスチドのプロトン環境を調節していることを観察しました。

 これらの研究を進める過程で強く思っていたのは、チラコイド膜のプロトン環境を目で視たいということです。光合成に関わる個々の因子は良く研究されています。しかし、光を受け取ってから糖を合成するまでの膨大な反応の中で、お互いがバランスを取りながら光合成を制御している様子を生きたままの状態で見ることはとても難しい。そこで現在は、光合成反応のバランスが崩れ、チラコイド膜内にプロトンが過剰蓄積した際に構造を変化させる光合成色素を指標に、この色素の変化を分光カメラで検出することで、植物の光合成ストレス応答をリアルタイムに観察する研究を進めています。このような計測技術は光合成研究だけではなく農業現場にも活用できるツールになると期待しています。

できるだけ多くの選択肢を発想すること

 植物栄養学研究室は伊福教授を中心に、小林准教授、落合助教、そして私と4人のスタッフで構成されており、それぞれが独立した個性的な研究テーマを扱っています。植物栄養学と聞くと、畑、土壌、作物など思い浮かべるかもしれませんが、作物だけではなく、海洋微細藻類であるケイソウを扱っていたり、私のような計測を行っていたりと、幅広い分野に取り組んでいます。そのため、私達の研究室では日常的に分野を超えたさまざまな専門用語が飛び交います。私はこれまでさまざまな大学のさまざまな分野の研究室に所属した経験がありますが、植物栄養学研究室ほど多様な研究が集まったラボはありません。自分の研究テーマ以外のワードが自然と耳に入ってくるという環境は、研究を行うにあたって多くの選択肢をもたらしてくれます。学際性という言葉があります。さまざまな学問分野の人やノウハウを集めて、一つの課題に対して取り組むことを意味します。研究を行う上で多様なアプローチは重要なファクターであるため、学際的であることは必要不可欠です。そして、植物栄養学研究室はそのような環境が充実しています。

写真. 伊福教授を中心とする植物栄養学研究室のメンバー

 イメージしたことの無い状態に人は辿り着けません。できるだけ多くの選択肢を発想するためには、多様な環境を経験することが効果的だと思います。それは研究でもプライベートでも同様だと思います。大学院に進学するという選択一つをとっても、学部と同じ大学で進むのか、他大学に進むのか、それは国内か海外か?博士の学位を取得するのも、課程博士に進むのか、社会人博士や論博を取るなど方法はさまざまです。自分の目的に対し、どのようなアプローチがあるのか?自分にとって一番良い方法は何か?ここでどれだけ発想を持てるかがポイントだと思います。方向性が決まれば、それを実現するのはどうすれば良いのか?誰に?どこに?協力を仰げばよいのか?研究や進学だけではなく、これから就職して、自分の生活、自分の家族、親など、環境は徐々に変わっていきます。そんな中、自分の理想を達成するための選択をするためには、固定観念にとらわれず自由に発想することが重要だと思います。

 私自身は女性に学問はいらないという空気感がまだまだ根強い九州の田舎出身です。九州を離れて進学すること、大学院進学、海外生活、別居婚など、大小あれど、それぞれのイベントごとに反対勢力と戦う必要がありました。戦ってでも勝ち取ろうと思えたのは、はっきりとした目標と、私に賛同し協力してくれる仲間(夫)がいたことです。心掛けていることは、自分がどうしたいのか具体的に提案することです。家族生活の中で可能なこと不可能なこと色々あります。それらを擦り合わせる以前の段階でどれだけ自分の理想をイメージできるかだと思います。研究においても、はじめにどれだけ多くのことを発想できるかが重要なポイントだと思います。その中から実験的な知見をもとに擦り合わせていく作業は、普遍的な思考ステップのような気がします。

 さて、日常的に多様な植物栄養学研究室はメリハリのある研究室生活を心掛けています。その取り組みの一つに農作業があります。実験室中心の研究分野であることから、より実学に近い形で植物に向き合うという意味を込めて、農場スペースを持っています。学生が主体となり、1年を通してさまざまな野菜を育てています。夏のトマト、キュウリ、冬のダイコン、ハクサイ、ちょっとかわった芽キャベツやコリアンダーなどのいろいろな作物に挑戦しています。週に1回の農作業で、土を耕し、肥料を入れ、畝を作り、種を撒き、雑草を抜き、育てて、収穫します。1年中、食べきれない量の野菜を収穫しています。他にもソフトボール大会や研究室旅行など、研究室としてのイベントを大切にすることで、大学院から入学してくるメンバーもすぐに馴染むことができます。

 最後になりますが、研究をしていると誰も見たことのない現象を初めて見出す瞬間に巡り合えます。感動的ですよ!

プロフィール

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科にて博士(バイオサイエンス)取得。Washington State University、Michigan State University、広島大学、東北大学、東京大学、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターを経て、2023年より現職。専門は植物生理学