専攻紹介

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多細胞生物における細胞の運命決定の仕組みに迫る

細胞生化学分野 助教

黒田 美都

メカノバイオロジーに魅せられて

 私たちの研究室では、生化学や分子生物学的な手法を軸に、多細胞動物である私たちヒトの体の中で、「細胞」が示す生命機能を解き明かし、多細胞動物の生体恒常性維持の仕組みを明らかにすることを目指しています。そのなかで私は、「哺乳類細胞が、どのようにして外部刺激を感知し、自身の運命決定につなげているのか」に興味を持って研究を進めています。とりわけ、外部刺激の中でも、細胞が受けている「物理的な力」に対する応答に興味を持っています。

 個体を形作る一つ一つの細胞は、周りの環境と相互作用しながら生命を営んでいます。たとえば、線維芽細胞の周囲にはコラーゲンなどの細胞外基質タンパク質(ECM)が存在しており、これらが細胞を支持する足場となるとともに、「硬さ」という物理的な刺激を細胞に与えています。また血管の内皮細胞は、運ばれてくるホルモン等の作用だけでなく、血流という力自体が刺激になっています。細胞は、これら細胞外の環境や刺激を受容または感知し、司令塔である核に情報を伝達することで、自身の運命を調節する必要があります。

 例えば、骨髄などに存在する間葉系の幹細胞は、生体内の組織の硬さに相当する硬さのときにその実質細胞へと分化しやすいことが知られています(図)。すなわち脂肪組織のように軟らかい基板上では脂肪細胞になりやすく、骨組織のように硬い基板上では、骨芽細胞になりやすいです。細胞はECMの「硬さ」を知るために、ECMを直接引っ張ります。これには、細胞とECMの接点に形成される接着斑と呼ばれるタンパク質複合体が重要な役割を果たしています。私たちはこの接着斑タンパク質の中に、物理刺激感知を担う重要な分子(=メカノセンサー)を見出し、それらメカノセンサーが、実際に転写因子の局在・活性を制御し幹細胞の分化方向の調節を担っていることも明らかにしてきました。ただ、この転写因子の局在制御だけでは説明しきれない未知のメカニズムが残されており、その仕組みを明らかにしようと、エピジェネティクスに着目してさらに研究を進めています。

図. メカノセンサーは細胞外マトリックス(ECM)の硬さを感知して幹細胞の分化方向を調節する

 一方で、血流のような流れなどの物理刺激の場合には、流れ刺激が細胞膜に存在するイオンチャネルを活性化します。たとえば、腎臓の細胞はそのようなイオンチャネルを集積する一次繊毛と呼ばれる細胞小器官が、流れに対する「メカノセンサー」として役割を果たすことが仮説として考えられています。このイオンチャネルに変異があり機能が失われると嚢胞腎といった疾患につながることはわかっていますが、未だにその詳細な仕組みはわかっておらず、根本的な治療法もありません。ですので私は、まずは一次繊毛のシグナル伝達の基本原理を明らかにするところから始めようと、新しい遺伝子ツール作りから研究を進めているところです。このシグナル伝達経路が明らかになれば、上記の疾患の治療薬の発見にも繋がります。未知の生命の基本原理を明らかにすることが、その後の応用研究に発展させる糸口となるのです。基礎研究によって、人の健康や幸福に寄与することができたら、というのが私の研究のモチベーションです。

門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

 助教に着任するまで、紆余曲折あり、4つの研究室で研究に従事してきました。大学院修士課程に進学するときには、応用生命科学専攻以外にも2件の研究室訪問を行い、学位研究を行う研究室を決定しました。また、いわゆる就職活動もしましたし、アカデミアに残ると決心してからは学位取得後の所属先決定に向け、海外で2件・国内で2件の採用インタビューを受けました。なぜそこまでしたかというと、どんなことをやりたいのか自分が納得するまで、いろいろなところで直接話を聞いてみないとわからなかったからです。自分が何を軸に生きたいか、何を研究していることが楽しいか、しっかりと向き合って考える必要があると思っています。あくまで個人的な考えですが、研究者として生き残るにはきちんと成果を出せる環境かという軸も大事かとは思いますが、それ以上に、自分が楽しんで研究しているか、というのは豊かな研究者人生を送るうえで最重要だと思っています。自ら動いて、自分のやりたいことを実現できる環境を探すという作業を行ってきたことが、今の自分を作っていると思います。

 この「自ら動く」という行動は、研究を進めていく上でも非常に大切です。留学開始当初、環境やしきたりもガラッと変わって、なかなか思うように研究が進められず悩んでいた時に、ボスは「やりたいことがあれば、自分で扉を(ガンガンと!)ノックしてきなさい。」という内容のことをおっしゃられました。自分の研究について、こういう実験データがあれば仮説を証明できるというときに、ラボに持っていない測定機器があれば別の研究室で使わせてもらい、初めての実験手法はぜひコツを教えてくださいと教えを乞い、必要な実験系が既存になければ自分で一からデザインして作り出し、の繰り返しで一歩一歩進んできました。こういった地道な活動の成果が実るには少し時間がかかるかもしれません。時には苦しい時もありますが、結果が出たときは非常に嬉しく、生命のしくみを自らの手で解き明かす喜びに勝るものはないと感じます。例えるならば、研究は趣味のハイキングに似ているかなと思っていて、時には険しい道のりもありますが自分で歩いて探しにいかないと素晴らしい景色に出会うことはできないのだと実感しています(写真)。

写真. 霧の上に浮かぶゴールデンゲートブリッジ

 最後になりますが、タイトルには新約聖書の言葉を引用しました。私はクリスチャンではありませんが、中高生のときからこの言葉に常に背中を押されてきたように思います。自分で動くということに加え、周囲の人々に助けられているからこそできていることに感謝して、これからも日々精進したいと思います。みなさんも応用生命科学専攻で研究することに興味をもったら、まずは気軽に研究室の先生に連絡をとってみてください。その先に、将来の道が拓かれると思います。

プロフィール

大阪生まれ。京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 修士・博士課程修了。博士(農学)。その後、アメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校 博士研究員。留学中、JSPS・海外特別研究員、上原記念生命科学財団、日本生化学会海外留学助成から支援をうける。2021年9月より現職。専門は、生化学・分子生物学・細胞生理学。趣味:バイオリン演奏、ハイキング、写真、料理。