専攻紹介

About us

多角的な視点で農業の未来を切り拓く

2016年度 修士課程卒
化学生態学分野

株式会社AGRI SMILE代表取締役

中道 貴也さん

幅広い専門性の共存・共有と裁量の大きい研究環境

 応用生命(以下、応生)での学生生活を振り返って、応生の特徴かつ魅力であり、自分自身の成長に繋がったと私が感じたところを二つ紹介します。一つ目は、「幅広い専門性の共存・共有」です。出身である化学生態学分野において、私は植物の生育促進に関して研究していましたが、隣の実験台では虫の生理現象を研究する人、さらには爬虫類の毒素を研究する人もおり、一つの研究室においても多様な研究が行われています。応生全体を見渡すと、研究対象は微生物・植物・動物など幅広く、それぞれの生物・生命現象に関して、マクロ・ミクロな視点から捉えて研究しています。多様な研究が共存する応生ですが、ただ研究するだけではなく、ひとたび研究室から農学部グラウンドに出れば、ソフトボールで競い合う他の研究室の教員・先輩・同級生・後輩と交流する場があります。他にも多くの交流機会があり人脈を作ることができます。その繋がりを活用すれば、自分の研究に対しても異なる視点を取り入れ、効率的に発展させられる環境でした。研究の多様性とそれを不均一に攪拌する交流機会の触媒作用が、応生の特徴であると考えています。

 二つ目の特徴は、「個人における裁量が大きい研究環境」が提供されていることです。一つのテーマを一人で担当できることによるメリットは非常に大きいです。研究を推進する上で様々な粒度の意思決定を必要としますが、その一つ一つの判断を任せられる経験は、その場の成長はもちろん将来社会に出た後にも活かされています。

 在学時の研究テーマは、「ビール酵母細胞壁由来の高分子多糖によるイネ生育促進機構の解明」でした。企業との共同研究であったためアカデミアと企業における視点の違いを認識することができました。日々の研究計画の作成から新しいバイオアッセイ系の確立に至るまで、様々な意思決定を経て、高い生理活性効果のある素材の作用機作の解明に貢献しました。本資材は「第25回地球環境大賞」にて「農林水産大臣賞」を受賞した後、スムーズに現場へ導入が進み、在学中の研究が社会で活きる形になりました。

 現在の仕事の詳細については後述しますが、私は農業現場の生産者様やJA様に対して、サイエンスとソフトウェアで産地の持続性を担保する取り組みを展開しています。生産者様やJA様から信頼を得ることができているのは、応生で学んだ科学的な知見やそれを獲得する研究活動での意思決定力、多様な研究者との交流経験によって培われたプロフェッショナルとしての意識によるところが大きいです。弊社では、応生の横と縦の繋がりの中で出会った信頼できる優秀な仲間も共に働いており、応生の専門性を存分に発揮することによって、変数が多く混沌を極める現場の課題解決に至ることができています。

産地と共に。持続可能な農業と地域をつくる

 私は25歳でAGRI SMILEを創業しました。農業界において「耕作することが産業であり続ける世界」の実現を目指して日々邁進しています。私が事業領域として農業界を選んだ理由は出身地にあります。農業が盛んな兵庫県丹波市に生まれ、兼業農家であった祖父母の影響で幼少期から農業に興味を持ちました。他県の生産者の友人と話す中で、農産物が栽培された地域(=産地)によって農産物の値段が異なることから、産地におけるブランド力の重要性に気づきました(ex.丹波の黒豆、三ヶ日みかんなど)。創業後に全国各地を回る中で、産地のブランド力はニーズに合った高品質な農産物を安定的に毎年供給できることだと認識しました。その側面において生産技術の維持発展と普及、及び物流販売の最適化(=営農活動)と地域は切り離せない関係にあります。しかし、担い手不足による栽培技術の喪失や産出額の減少をはじめとした課題が山積し、持続的な産地の維持・発展が困難になっています。

 これらの課題に対して、AGRI SMILEではサイエンスやITを駆使し「産地単位」での解決に取り組んでいます。産地単位であれば同質な環境の下、同じ品目の栽培過程や青果物のデータが取得可能であるため、ITによるデータ解析とサイエンスによる栽培体系の最適化によって高い再現性で収量・品質を改善できます。栽培体系の最適化に着目すると、農業の現場では植物の生理反応は元より植物と虫や微生物、環境との相互作用に起因する複雑な事象を経験則に基づいて対応しているため、技術が暗黙知となる傾向にあります。したがってAGRI SMILEは農業界の研究開発部門のような存在として、サイエンスの側面から栽培体系の最適化にチャレンジしています。応生で培った知見や経験を活かすことで、現場では解明困難な事象にアプローチし、形式知として集積可能だと考えています。その研究知見をITと組み合わせることにより、誰にでも利用可能な栽培体系に落とし込み、地球環境と社会構造の変容に対する農業界の適応を実現していきたいです。例えば、地政学リスクに伴う肥料価格の高騰や農林業の二酸化炭素排出量の多さは世界的な課題になっています。弊社では生産者の収益になる作物の収量・品質をキープしながらも、化学肥料に頼りすぎない環境に優しい栽培体系を確立し、経済性と社会性の両立に挑戦しています。ソフトウェアからサイエンスに至るまで専門性の高いメンバーが多数在籍するAGRI SMILE だからこそ、産地の皆様と一緒に持続可能な農業に向き合うことができています(写真)。

 このように、幅広い知見を融合した課題解決の素養を学ぶことができる応用生命科学専攻にぜひ飛び込んでみてください! もしご縁があれば、農業の明るい未来を目指して共にお仕事ができると嬉しく思います。

写真. 連携して課題解決に取り組む大産地